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東京地方裁判所 昭和45年(特わ)144号 判決

主文

被告人を懲役三月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は公安委員会の運転免許を受けないで、

第一、昭和四三年六月一九日午後三時四五分ころ、東京都杉並区永福町三二八番地付近道路において、普通乗用自動車(軽四輪)を運転し

第二、同年七月三〇日午前一一時二〇分ころ、東京都杉並区永福町三七八番地付近道路において、普通乗用自動車(軽四輪)を運転し

第三、同年八月五日午後二時四〇分ころ、東京都杉並区方南二丁目二三番地付近道路において、前記第二の自動車を運転し

第四、同年一一月五日午前零時一五分ころ、東京都世田谷区烏山町八七二番地付近道路において、普通貨物自動車(軽四輪)を運転し

第五、同年一二月一日午後一一時三〇分ころ、東京都杉並区荻窪三丁目一〇一番地付近道路において、前記第四の自動車を運転し

第六、昭和四四年二月九日午前零時四〇分ころ、東京都北多摩郡狛江町和泉二、〇三六番地付近道路において、前記第四の自動車を運転し

第七、同年五月一七日午後三時五〇分ころ、東京都目黒区柿ノ木坂三丁目八番地付近道路において、前記第四の自動車を運転し

第八、昭和四五年二月一四日午後四時三〇分ころ、東京都足立区大谷田新町二丁目六五番地付近道路において、前記第四の自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により判示第八の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において、被告人を懲役三月に処し、同法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

(緊急避難および期待不可能性の主張について)

一、(弁護人および被告人の主張)

被告人は先天性脳性小児麻痺であり、手足が不自由であるが、テレビ修理業を営み、営業が軌道に乗るにつれ、秋葉原の問屋街へ部品を仕入れに行ったり、顧客先まで納品に行ったりする機会が多くなってきた。被告人は原動機付自転車の運転免許を取得し、原動機付自転車を運転して、仕入、故障修理出張、納品をしていたが、東京都内の道路交通が混雑してきたので、原動機付自転車を運転していては、疲労が甚しいのみならず、生命にも危険である。そこで営業を継続するためには、軽自動車を運転する必要がある。そこで府中自動車運転免許試験場に軽自動車の免許申請書を提出したが、運転者不適格者と判定された。同試験場長は昭和四三年一〇月一八日被告人に対し、被告人が道路交通法第八八条第一項第二号の言語障害者に該当することおよびハンドルその他の装置を随意に操作することができないから、同法第八八条第一項第三号、同法施行令第三三条第四号に該当することを通知してきた。しかしながら被告人は口がきけない者ではなく、中等度の言語障害があるのにすぎず、かつ通常人では考えられないような能力を身につけており、十分な運転操作の技能を習得しているのに、同試験場の係官は身体障害者に対し無理解不親切であり、被告人の身体の外観の不自由さのみに気を奪われて不法にも前記のような判定をした。被告人は前後二〇回以上にわたり免許申請および陳情を繰り返してきたが、同試験場の係官は間違った行政指導をするのみであって、受験させなかった。そこで被告人は自活するためには、テレビ修理業を継続する必要があり、そして営業を継続するためには、やむをえず、軽自動車を運転しなければならなかった。したがって本件の無免許運転は、被告人の生命および財産に対する現在の危難を避けるための行為であり、かつ無免許運転をしないことを被告人に期待することはできないから、無免許運転は犯罪を構成しない。

一、(当裁判所の判断)

≪証拠省略≫によれば、被告人は先天性脳性小児麻痺で四肢が不自由であり、身体障害者等級第一種第一級であること、昭和二四年東京都立光明養護学校に入学し、在学中ラジオ、テレビに興味を持ち、昭和三六年秋ころ黒川電子研究所のアルバイトではんだづけの技術を習得したこと、同年九月四日原動機付自転車(第一種)の運転免許を取得したこと、昭和三七年三月同学校高等部を卒業し、同年一〇月国立身体障害者センターに入所し、テレビに関する技術を習得し、昭和三九年一月同センターを修了したこと、ところで被告人は父荒木義雄、母同恵美と被告人の肩書住居地で同居し、父は昭和四二年三月高等学校の教員を退職し、会社の電気技術顧問をし、被告人の肩書住居地に居宅を所有しているほかに、床面積延約一九八平方メートルの木造二階建共同住宅を所有して賃貸していること、被告人は昭和四〇年二月肩書住居地に共立テレビサービスなる名称の店舗を構え、テレビその他家庭電化製品の修理業を開店したこと、原動機付自転車では、雨天の際に不便であり、東京都内の道路交通量が頻繁であるため危険であり、かつ疲労度が強いため、軽自動車の方が原動機付自転車よりもすぐれていると考え、昭和三七年一〇月ころから前記センターで自動車の運転練習をはじめたこと、その後軽自動車を購入し、自動車教習所のコース等を使用して軽自動車の運転を練習し、運転操作の技能を習得したこと、昭和三九年一一月府中自動車運転免許試験場に軽自動車の運転免許申請をしたが、適性検査に合格しなかったこと、しかし軽自動車運転の適性があると主張し、その後一〇回余にわたって免許申請および陳情を続けたこと、これに対し、同試験場の係官は昭和四一年七月二日および同年八月二七日被告人を自動車に試乗させ、警視庁免許本部安全運転学校では昭和四三年七月二四日被告人の適性検査か実施したが、口がきけないこと(発声はできるが、常人が聞き取りできないこと)および脳性麻痺による体幹、四肢に強度な麻痺後遺症があって、自動車の装置に補助手段を講じてもハンドルその他の装置を随意に操作することができないことを理由として、被告人を運転者不適格者と判定したこと、ところが被告人は、中等度の言語障害者であるのにすぎず、道路交通法第八八条第一項第二号の「口がきけない者」に該当せず、かつ自動車の運転中、頭が振れるが、前方注視には支障なく、手足が多少不自由であるが、ハンドルその他の装置を随意に操作できるから、同法第八八条第一項第三号、同法施行令第三三条第四号の「ハンドルその他の装置を随意に操作することができないもの」に該当せず、運転者適格者であると主張し、前記の判定に不服であったこと、開店当初は、部品の仕入れ、修理のための出張、修理品の納入などのため、側車付原動機付自転車を使用していたこと、昭和四二年八月二日原動機付自転車の免許の更新をしなかったので、失効したこと、本件第二ないし第八の各無免許運転に使用した自動車は、被告人が購入したものであること、判示第一の無免許運転は、友人の石田達夫が判示第一の自動車を購入するにあたり、被告人がその自動車の調子をみるため運転したものであること、判示第二の無免許運転は、テレビの故障の修理に行くため、助手の石田を呼びに行った際におけるものであること、判示第三の無免許運転は部品のチューナーを仕入れに行く際のものであること、判示第四ないし第八の各無免許運転は、業務上の用事がなかったが、家に閉じこもっていると身体の調子が悪くなり、精神的に安定しないので、自動車を運転して外出した際のものであること、被告人は父から他の職業に変ったらどうかと忠告されたが、テレビ関係の会社に就職したのでは、作業が単純であって満足できないので、テレビの修理組立一切を自ら遂行して自己の能力を発揮したいと考え、テレビ修理業を継続していたことが認められる。

以上の認定事実によれば、被告人が同試験場の係官の適性検査の判定に不服であったことは明らかであるが、仮に被告人が自動車の運転者適格者であり、かつ運転操作の技能を有しているのに、かかる適性能力がないと判定されたとしても、直ちに無免許で自動車を運転してもよい理由にはならない。係官の処分に不服であれば、法的な救済手段を通じて、該処分の是正を求めるべきである。

ところで判示第一の無免許運転は他人の購入する自動車の調子をみるために運転したものであるから、弁護人および被告人の主張する緊急避難および期待不可能性にあたらないことは明らかであるので、判示第一の無免許運転についての右主張は採用できない。

次に判示第四ないし第八の各無免許運転は、被告人が業務上の用事がないのに、外出するため自動車を運転したものであり、被告人が手足の不自由なため、通常の方法では容易に外出できないことはうかがわれるが、自ら自動車を運転しないで、旅客運送機関、四肢の補助手段を利用して外出すべきであり、手足を自動車運転の可能な状態に保つための運転であれば、自動車教習所のコースその他の無免許運転者に使用を許されている特別の施設を利用して自動車を運転すべきであり、無免許運転を避けて右のような方法をとるのが相当であり、かつ被告人に右のような方法をとることを期待することができない事情は認められない。したがって判示第四ないし第八の各無免許運転については、弁護人および被告人の緊急避難および期待不可能性の主張は採用できない。

判示第二、三の各無免許運転は、被告人の営むテレビ修理業に関連してなされたものである。ところで被告人は開店当初原動機付自転車の運転免許を有していたのに、更新しなかったため、免許を失効させたが、原動機付自転車が自動車に比較して不利不便であることは認められるけれども、東京都内の交通事情が原動機付自転車の運行を差し控えなければならないほど悪化しているものとはいえず、判示第二、三についての業務は原動機付自転車の運転免許を持っていれば、同車を使用しても遂行できることがうかがわれる。被告人としては、自動車の運転免許を取得するまでは、自動車を利用するときよりは、経営規模を縮少して営業を継続するか、第三者の協力を得て経営規模を縮少せず、営業を維持させるか、一時営業を休止して、同種の他の営業所に就職するか、または一時私的、公的な扶助を受けるか等の手段により生計を維持し、自動車の無免許運転を避けるのが相当であり、一般普通人が被告人と同一の地位状況のもとにおかれたとすれば、自動車の無免許運転を避け、前記のような手段を選ぶことが期待できるものというべきである。したがって弁護人および被告人の緊急避難および期待不可能性の主張は採用できない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿山春男)

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